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徳島地方裁判所 平成5年(ワ)348号 判決

原告

山崎佳克

(ほか一四名)

右一五名訴訟代理人弁護士

分銅一臣

被告

徳島南海タクシー株式会社

右代表者代表取締役

久保俊雄

右訴訟代理人弁護士

田中達也

田中浩三

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙一認容額一覧表の合計欄記載の各金員及び右金員のうち同表の未払割増賃金欄記載の各金員に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項中の、別紙一認容額一覧表の未払割増賃金欄記載の各金員及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙二〈略〉債権目録の請求金額欄記載の各金員及び右金員のうち同目録の未払賃金合計欄記載の各金員に対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告らは、被告会社に勤務するタクシー乗務員であり、全国一般労働組合徳島南海タクシー支部(以下「全国一般労組」という。)の組合員である。

(二)  被告は、一般乗用旅客自動車運送事業(いわゆるタクシー業)を営む株式会社であり、その資本金は一三〇〇万円で、住所地に本社を有するとともに、鳴門市に営業所を有する。また、被告は、訴外徳島バス株式会社の一〇〇%子会社である。

2  原告らの勤務内容

(一) 勤務時間

被告会社のタクシー乗務員は、昭和六一年四月一〇日に組合と被告会社との間で締結された協定書(以下「本件協定書」という。)の付帯協定事項により、日勤勤務と二交替勤務とに区分されている。

〈1〉 日勤勤務者の勤務時間は、就業時刻八時、終業時刻二二時の拘束一四時間、休憩二時間、時間外労働四時間と定められている。

〈2〉 二交替勤務者の勤務時間は、就業時刻九時、終業時刻翌日六時の拘束二一時間、休憩三時間、時間外労働二時間と定められている。

別紙二債権目録中、番号1ないし10の各原告は、いずれも二交替勤務に従事しており、番号11及び12の各原告は、年間八か月の日勤と四か月の二交替勤務に、番号13ないし15の各原告は、年間四か月の日勤と八か月の二交替勤務にそれぞれ従事している。

(二) 賃金体系

(1) 本件協定書第一条により、被告会社のタクシー乗務員の賃金は、基本給八万五〇〇〇円、乗務給一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、超勤深夜手当五万六〇〇円(合計一五万三六〇〇円)と定められており、さらに、同第二条及び第三条により、責任水揚額は月三二万円、月間の水揚額がこれを超えたときは、左記賃金比率表の3欄、4欄に従って、水揚額にそれぞれの賃金比率を乗じて得られた金額から右合計金額一五万三六〇〇円を差し引いた額を、歩合加給として一五万三六〇〇円に加算するとされている。右一五万三六〇〇円は、月間の水揚額が責任水揚額三二万円に等しい場合に、そのときの賃金比率四八%を乗じて得られたものにすぎないし、水揚額が三二万円を超えた場合の歩合加給をした賃金も、その水揚額に左表の賃金比率を乗じた金額に等しいのであって、結局、被告会社の賃金体系は、実質的には水揚額に対する歩合制である。

(賃金比率表)

〈省略〉

(2) 被告会社と全国一般労組との間で締結された昭和六三年三月一九日付け協定書により、前記賃金比率表のうち、二交替勤務者について、2欄の水揚額が「25万円以上30万円未満」に、3欄の水揚額が「30万円以上36万円未満」に、4欄の水揚額が「36万円以上」にそれぞれ変更され、これによって二交替勤務者の基本給が七万九七〇〇円に、超勤深夜手当が四万六三〇〇円にそれぞれ減額された。

(3) 被告会社と全国一般労組との間で締結された平成三年九月二一日付け確認書により、平成三年六月二四日の運賃改正に伴い水揚げの増大が見込まれることになったので、同日以降、毎月の水揚額の一〇%を増収分とみなし、その部分については賃金比率を特別に七二%として歩合加給することとなった。

3  未払割増賃金

労働基準法三七条が定める原告らに対する未払割増賃金は、別紙三〈略〉未払賃金明細書(一)及び同(二)のとおりであるが、これは各人の日報より出勤日数・水揚高を調査し、これらを以下の計算式に当てはめて計算したものである。

〈1〉 日勤者

ア 勤務時間(一二時間)×勤務日数=総労働時間

イ 時間外(四時間)×勤務日数=総時間外時間

ウ 水揚額×賃金比率=賃金

エ 賃金÷総労働時間=一時間当たりの賃金

オ 一時間当たりの賃金×〇・二五×総時間外時間=未払割増賃金

〈2〉 二交替勤務者

ア 勤務時間(一八時間)×勤務日数=総労働時間

イ {時間外(二時間)+深夜勤務時間(六時間)}×勤務日数=総時間外及び深夜時間

ウ 水揚額×賃金比率=賃金

エ 賃金÷総労働時間=一時間当たりの賃金

オ 一時間当たりの賃金×〇・二五×総時間外及び深夜時間=未払割増賃金

4  徳島労働基準監督署の是正勧告等

(一) 全国一般労組は、被告会社の賃金体系が歩合制であり、割増賃金が未支給であるとして、平成元年三月二〇日以降、被告会社に対してその支払の請求を続けるとともに、徳島労働基準監督署に申告書を提出して被告会社に対する指導を求めてきたが、同監督署は、同四年二月二八日付けで全国一般労組の主張を認め、被告会社に対し、割増賃金を支払うようにとの是正勧告をなした。

(二) 右是正勧告に基づき、全国一般労組は未払割増賃金の支払を求めたが、被告会社は、一律に一〇万八〇〇〇円を支払うことで一切を解決し、将来的には時間外手当を支払わない旨回答してきたため、全国一般労組は右回答を拒否し、本件訴訟提起に至った。

(三) 以上のとおり、被告会社は、徳島労働基準監督署から是正勧告を受けたにもかかわらず、その賃金体系を改善しようとしないばかりか、一律一〇万八〇〇〇円の支払で将来の未払割増賃金をも放棄させようとする態度は、低賃金で働かされている原告らに右金額を提示することによって組合内部に動揺を引き起こそうとするものであり、このような被告会社の態度に対しては、労働基準法一一四条に基づき、平成三年九月分以降の未払割増賃金について付加金の支払を命ずるべきである。

5  よって、原告らは、被告に対し、平成三年五月から同五年四月分までの労働基準法三七条の定める前記各未払割増賃金及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、労働基準法一一四条の規定に基づき、同三年九月から同五年四月分までの前記各未払割増賃金と同一額の付加金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、原告松浦和雄は、平成五年八月、定年退職している。

2  請求原因2(一)の事実は認める。同(二)(1)、(3)及び(2)の事実のうち賃金比率表の金額が原告ら主張のとおり変更されたことは認める。

3  請求原因4の事実のうち、(一)及び(二)は認める。同(三)は争う。

三  抗弁

1  超勤深夜手当の合意

(一) 被告会社には、全国一般労組と徳島南海タクシー労働組合(以下「県自交労組」という。)の二つの労働組合があり、従業員のほとんどがいずれかの組合に加入しているが、被告会社は、昭和五六年、両組合との間で締結した労働協約によって、乗務員の賃金につき、基本給六万七六〇〇円、乗務手当一万三〇〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、超深(ママ)手当定額(時間外及び深夜勤務に対する割増賃金を含む手当)四万八四〇〇円とし、その合計金額一三万四〇〇〇円を固定給とするが、一か月の水揚額が三〇万円未満のときは右固定給を適用せずに水揚額の三〇%を支給する、三〇万円以上のときは三〇万円を超える部分につきその四七%を歩合給として支給することなどを定め、さらに、同六一年一二月二一日、県自交労組(当時、原告らを含む被告会社のタクシー乗務員のほとんどはこの組合に所属していた。)との間で締結した労働協約により、基本給・超勤深夜手当の金額及び賃金比率につき、本件協定書と同じ内容に改めた。このような交渉の積み重ねを経たうえで、被告会社は、県自交労組との間で本件協定書を締結しているところ、記録によれば原告山崎らが県自交労組を脱退したのは昭和六一年四月二〇日とされており、それまでは県自交労組の組合費を原告らの給与から差し引いて組合に交付しなければならない仕組みにもなっていたから、被告会社の理解としては、本件協定書の成立した同月一〇日時点では依然として原告らのほとんどが県自交労組の組合員であった。また、原告らが県自交労組を脱退したのは、組合内部での日勤勤務者グループと二交替勤務者グループの対立によるものであって、本件協定書の内容に不満があったからではなく、原告らも本件協定書をめぐる団体交渉には参加し、これに合意していたことは確実である。したがって、本件協定書は大多数の従業員が所属する組合との間で締結された労働協約であると認めるべきであり、その規定する内容は、被告会社と原告ら個々の乗務員との労働契約の内容にもなっているものである。

(二) なるほど、本件協定書の定める被告会社の賃金体系によるとき、結局は一律歩合給の計算と合致するが、「超勤深夜手当(歩合割増含)五万六〇〇円」と明記されているとおり、その中に五万六〇〇円の超勤深夜手当、すなわち時間外及び深夜勤務に対する割増賃金を含む手当を包含するものであり、これは固定給に対応するものだけではなく、歩合給に対応する割増賃金をも含むものであることを、「(歩合割増含)」との表現で明確にしている。本件協定書第一条に、所定労働日数二六日、所定労働時間二〇八時間との記載はあるが、タクシー業の場合、付帯協定事項に示すとおり、当然に超過勤務・深夜勤務を生ずるものであるから、これを前提にして時間内の基本給を八万五〇〇〇円とし、割増賃金を含む時間外及び深夜手当を五万六〇〇円と定めたものであり、同第三条、第四条と総合すれば、割増賃金を含む超勤深夜手当を水揚額に応じた支給額の中に含める旨の合意であることは明らかである。

(三) 右超勤深夜手当に関する合意は、基準賃金があってこれを基にして割増賃金が計算されるべきであるとする労働基準法三七条の定めに完全には合致しないものであるが、被告会社の営むタクシー業務の性質上、待機時間・空走時間が多く、乗務員の勤務時間は一定しないし個人差も生じること、深夜に乗客が多くしかも長距離が多いこと、会社側からすると勤務時間内における乗務員の動向が把握できないこと、水揚額に基準を置く方が単純な時間単位の給与計算よりも労働能力に応じたものとなって実質的公平が図れること、成績良好な乗務員ほど働きに応じた高額支給を望むこと、割増賃金を固定せず、水揚額に応じた歩合給を基準としてこれを算出するとその計算は極めて困難なものとなり、いきおい会社としては法定労働時間内の賃金を低く設定せざるを得ないし、乗務員としてはこれに抵抗を感ずることなどの事情を考慮し、双方が歩み寄って労使の利害が一致した状況のもとでなされたものであって、充分合理性がある。労働基準法三七条の趣旨は、法定外労働に対して通常の賃金額の一定率以上の割増賃金を支払うことを使用者に義務付けることによって、同法が定める労働時間制及び週休制の維持を図るとともに、労働者の過重な労働に対する補償を行わしめることにあると解されるが、この点、タクシー乗務については、前記のとおり、ある程度の法定外労働を伴う宿命をもった職業であるから、できるだけ法定外労働を少なくする努力が必要であるとしても、むしろ、これに適正な補償がなされているか否かに重点を置かれるべきであって、労働協約で定めた法定外労働に対する補償方法が、労働基準法の定めと異なるとの一事をもってそれが無効になると解すべきではない。本件協定書の定める超勤深夜手当は、その金額が明確であり、その他の支給部分との対比も可能なのであるから、有効と解すべきである。

よって、原告らに対する割増賃金は本件協定書により支給済みである。

2  信義則違反

被告会社は、経営が成り立つ限界まで譲歩して、賃金に関する協定を組合と交わしてきているものであり、これ以上の人件費の支出は会社の破綻につながる。また、原告らは、労使間で支給額中に割増賃金を含むとの合意をし、それによって高い比率の歩合給を獲得しておきながら、割増賃金の支払方法が労働基準法三七条に合致しないとの理由で(そうとすればこれを承知のうえで合意したことになる)、別途割増賃金を要求する点に自己矛盾がある。被告会社は、平成元年六月一六日、労働基準監督署から賃金体系について指導を受け、早速その改定に取り組み、改正案を作成のうえ数度にわたって両組合に団体交渉を申し入れているが、両組合は具体的な交渉に応じようとしない。かかる状況の下でなされた原告らの本件請求が容認されるとすれば、被告会社としては、賃金体系の改定もできないままその違法性を指摘され、かつ、割増賃金を支払い続けなければならず、これを是正する術がないのであって、本件請求は、労使間の信義則に反するものとして許されない。

3  消滅時効

原告らの請求する平成三年五月から同年八月分の未払割増賃金については、各弁済期の翌日から起算して二年が経過しており、被告は、原告らに対し、平成五年一二月二四日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

本件協定書は、被告会社と県自交労組との間で締結されたものにすぎず、原告らは、その締結前に、被告会社の小松島営業所の廃止に伴う労働条件の変更に反対して県自交労組を脱退し、同年三月一九日に結成された全国一般労組の前身の組合に加入したか、その後、新規採用に伴ってこれに加入したものであって、右協約の適用を直接受けるものではないし、また、労働組合法一七条が定める一般的拘束力が認められる場合でもない。

本件協定書の定める賃金体系によれば、名目上は月五万六〇〇円の超勤深夜手当が含まれていることになるが、これは、月間の責任水揚額三二万円にそのときの賃金比率四八%を乗じた一五万三六〇〇円から、徳島県の最低賃金に若干の上乗せをした金額に所定労働時間二〇八時間を乗じて得られた基本給や乗務手当・皆精勤手当を控除した残額にすぎず、割増賃金を含むものとはいえない。

2  抗弁2は争う。

被告会社は、親会社たる徳島バスから多額の借入をなしていることとし、決算期毎にその一部を返済した形にして帳簿上赤字会社であるとの処理をしているのであって、その利益は決して少なくない。むしろ、勤務年数が長くても原告らの給料は二〇万円を少し超える程度であり、かかる低賃金・長時間労働の実態こそ重視されるべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。請求原因2(一)、同(二)の(1)及び(3)と(2)の事実のうち、賃金比率表の金額が原告ら主張のとおり変更されたことは当事者間に争いがなく、(2)の事実のうち、二交替勤務者の基本給及び超勤深夜手当がそれぞれ七万九七〇〇円、四万六三〇〇円に減額されたことは、成立に争いのない(証拠略)、被告代表者及び原告山崎本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

二  請求原因3の事実のうち、〈1〉及び〈2〉のそれぞれアないしウについて、被告はこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。同エ及びオ、すなわち未払割増賃金の有無及びその額についての争いは、結局のところ、超勤深夜手当に関する合意があったか否かという抗弁の成否にかかるので、以下、この点について検討を加える。

1  被告は、本件協定書締結時点では、依然として原告らのうちほとんどの者が県自交労組の組合員であったから、右協定書は大多数の従業員を組合員とする組合との間で締結された労働協約であると主張する。しかしながら、労働組合法一四条によれば、労働協約は、書面に作成し、労働組合と使用者またはその団体が署名か記名押印することによってその効力が生ずるとされているところ、右協定書に記名押印しているのは県自交労組であって、成立に争いのない(証拠略)、原告山崎本人及び被告代表者尋問の結果によれば、被告会社において、小松島営業所の廃止に伴い、乗務員の月間責任水揚額を三〇万円から三二万円に増額することに対して二交替勤務者の多くが不満をもち、同人らが昭和六一年三月末日までに県自交労組を脱退し、全国一般労組の前身たる徳島南海タクシー二交替勤務組合を結成した事実が認められるから、本件協定書が労働協約として原告らに直接適用されるいわれはない。また、被告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、昭和六一年四月二〇日当時、被告会社のタクシー乗務員七三名中、全国一般労組に所属する者は四〇名、県自交労組に所属する者は三〇名、平成三年五月二〇日当時、同じく六六名中、それぞれ三三名、二八名というのであるから、労働組合法一七条が規定する労働協約の一般的拘束力が認められる場合でもない。

もっとも、その後、昭和六三年三月一九日及び平成三年六月二四日、本件協定書の賃金体系の手直しがされた書面に全国一般労組は記名押印しており、これらは被告会社と全国一般労組との間で締結された労働協約と認めることができるし、その前提となっている本件協定書の賃金体系についても、原告らが事実上これに基づいた給与の支給を受けてきたこと、本件訴訟において未払割増賃金額を算出するに際しても本件協定書記載の勤務時間・賃金体系に従っていること(原告ら自身が本件協定書を〈証拠略〉として提出している。)からすれば、本件協定書の内容についても、被告会社と全国一般労組との間で事実上の合意があったものと認められる。したがって、問題は、超勤深夜手当五万六〇〇円の中に労働基準法三七条が規定する最低二割五分の割増賃金(以下、割増部分を表す意味で「割増賃金」という言葉を用いる。)を含める旨の実質的合意があったか否かということになる。

2  そこで、これについて検討するに、成立に争いのない(証拠・人証略)によれば、昭和五六年、被告会社が組合との間で締結した労働協約により、前記抗弁1(一)記載のとおりの賃金体系が定められたことが認められるが、その基本給六万七六〇〇円、皆精勤手当五〇〇〇円、乗務手当一三(ママ)〇〇〇円、超深(ママ)手当定額四万八四〇〇円という各金額が、いかなる基準に基づいて算出されたものであるかは右証拠をもってしても必ずしも判然としない。(証拠略)によれば、基本給六万七六〇〇円の後に(325×208)、乗務手当一三(ママ)〇〇〇円の後に(500×26)という書き込みがあることからして、月間の法定内労働時間二〇八時間に一時間当たりの賃金三二五円を、月間の所定労働日数二六日に一日当たり五〇〇円をそれぞれ乗じて算出されたものと推測されるが、超深(ママ)手当四万八四〇〇円については、労使間でいかなる交渉を経、いかなる基準に基づいて算出されたものかは全く不明である。右超深(ママ)手当の額は、原告らの主張するように、月間の水揚額が三〇万円以上のとき固定給の適用があるとされるところ、右三〇万円に四五%を乗じて得られた一三万五〇〇〇円から、月間の水揚額が三〇万円以上三一万円未満の場合に調整加算される一〇〇〇円を差し引いた金額が固定給一三万四〇〇〇円であり、ここから右の方法で算出された基本給・乗務手当等を控除した金額にすぎないのではないかとの疑いが残る。また、右賃金体系によれば、月間の水揚額が三〇万円に満たない場合には固定給が適用されず、水揚額の三〇%を支給するというのであるから、この場合、給与は九万円を切り、そのうち時間外手当・深夜手当の額がどれだけであるかは不明となり、したがってまた、割増賃金部分がいくらであるのかも全く不明となる。

その後成立した本件協定書によって、請求原因2(二)(1)記載のとおりの賃金体系が定められ、皆精勤手当と乗務手当の金額については従前どおりで、基本給が六万七六〇〇円から八万五〇〇〇円に、超勤深夜手当が四万八四〇〇円から五万六〇〇円に増額されているのであるが、全証拠をもってしても、やはり各金額がいかなる基準に基づいて算出されたものであるかは明らかではない。前記のとおり、固定給とされる一五万三六〇〇円は、月間の責任水揚額三二万円にそのときの賃金比率四八%を乗じたものにすぎないところ、成立に争いのない(証拠略)によれば、平成元年一〇月一日以降の徳島県の最低賃金が一時間当たり四五三円であり、これに月間の法定内労働時間二〇八時間を乗じた金額が九万四二二四円であるから、本件協定書成立当時の最低賃金に若干の上乗せをした金額に所定労働時間二〇八時間を乗じて得られたのが基本給八万五〇〇〇円であり、右基本給及び乗務手当・皆精勤手当を固定給から控除した残額が超勤深夜手当として記載されているにすぎないのではないかとの疑いを払拭できない。加えて、割増賃金を含む時間外手当・深夜手当を定額化することが、被告の主張するタクシー乗務員の業務の特質から認められるとしても、時間外時間を月の就労時間のうちどのくらいとするのか、基準となる時間給をどのくらいとみるのか、深夜勤務時間もあることを考慮してどのくらいの割増率とするのかなどについて、労使間で協議がなされたうえで定額化されたものであればともかく、被告会社においては、全証拠をもってしても、この点についてどのような協議がなされたかは判然としない。むしろ、原告山崎が本人尋問において、昭和五六年の賃金協定につき、基本給・超深(ママ)手当等が固定給として記載されていることは知っていたが、古い運転手からは、オール歩合給の体系だと労働基準監督署から指導を受けるから、形だけは基本給・超深(ママ)手等を固定給として書いているものだと聞き、単に割り振った金額が形式的に書かれているにすぎないと理解していた、本件協定書の定める賃金体系についても全く同様に考えていた、その後、他の組合が歩合給でも時間外手当の請求をしているということを聞き、賃金体系を検討し直して労働基準監督署への申告に及んだと述べていることからすると、右の点について特段の協議がなされなかったのではないかと推測される。

被告は、本件協定書の定める超勤深夜手当は、その金額が明確であり、その他の支給部分との対比も可能であると主張するが、本件協定書の賃金体系を被告にとって最も有利に解釈し、乗務手当、皆精勤手当が法定時間内労働と時間外労働とに按分されるとしても、基本給八万五〇〇〇円を月間の法定内労働時間二〇八時間で割った一時間当たりの賃金に、本件協定書の定める法定外労働時間一〇四時間(日勤勤務者、二交替勤務者とも同時間となる)を乗じ、さらに二割五分の割増賃金を加えると五万三一二五円となるべきところ、超勤深夜手当はこれを下回る五万六〇〇円にすぎない。昭和六三年三月一九日付け協定書により、基本給が七万九七〇〇円に減額されたが、この場合も同様の計算をすると、二割五分の割増賃金を加えた時間外労働に対する賃金は約四万九八一二円となるが、超勤深夜手当はこれを下回る四万六三〇〇円にすぎない。このように労働者に不利な条項を定める場合、労使間で突っ込んだ議論がなされるべきものと考えるが、前記のとおりその形跡が窺われないことからしても、本件協定書の定める超勤深夜手当が割増賃金を含むものであるとの明確な合意が、被告会社と原告らとの間でなされたものとは断じ難い。

また、被告は、月間の水揚額が責任水揚額三二万円に達しなかった場合においても、これが一五万三六〇〇円以上であるかぎり基本給、超勤深夜手当等の額に変わりはなく、歩合加給が少なくなるにすぎないと主張するが、成立に争いのない(証拠略)によれば、原告山崎は平成四年三月、二四万八八五〇円の水揚げをし、これに対し八万四一五七円(保険料等を控除する前の金額)の給与が支払われた事実が認められ、被告の主張は採用できない。そして、このように支給額が一五万三六〇〇円を割り込んだ場合、どれだけが基本給でありどれだけが超勤深夜手当であるかは分からないと、被告代表者自身がその尋問において認めているところであって、このようなことは、真摯な議論を経たうえで二割五分の割増賃金を含むものとして超勤深夜手当の額が定められたとすれば考え難いところである。

3  以上を総合すると、被告会社と原告らとの間で、労働基準法三七条の規定する割増賃金を含むものとして超勤深夜手当の合意がなされたものと認めることはできず、割増賃金部分が他の給与部分と判別可能なものともいえないから、被告の抗弁は理由がない。

三  被告は、原告らの本件請求が信義則に反する旨を縷々主張するが、前記認定のとおり、被告会社が原告らに対して割増賃金を支払ってこなかったものである以上、仮に被告会社の主張する経営状況の逼迫がそのとおりであったとしても、これを求める原告らの請求が直ちに信義則違反になるものとはいえないし、また、原告らが賃金体系の改定交渉に応じないということも、未払割増賃金の支払と被告会社の賃金体系の改定は本来別問題というべきであること、賃金体系の改定が原告らの労働条件に直接かかわる問題であり、慎重にならざるを得ない部分があることなどを考えると、やはり信義則違反を基礎付ける事情とは認め難い。

したがって、被告会社の主張する信義則違反の抗弁はこれを採用することができない。

四  被告主張の消滅時効の抗弁事実は、原告らにおいて明らかにこれを争わないから、自白したものとみなす。そうすると、原告らの平成三年八月分以前の割増賃金債権は、右時効により消滅したものである。

五  以上によれば、被告は、原告らそれぞれに対し、別紙一認容額一覧表の未払割増賃金欄記載の平成三年九月分から平成五年四月分までの各割増賃金及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そして、右各割増賃金の不払期間、平成元年に原告らが被告にその支払を求めて以降の両者間における交渉の経過など、本件証拠上認められる諸般の事情を考慮するとき、労働基準法一一四条に従って、被告が、原告らに対し、それぞれ右の各未払割増賃金と同額の付加金を支払うよう命ずるのが相当である。

六  よって、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九十(ママ)二条但し書を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して(なお、付加金の支払を命ずる部分についての仮執行宣言の申立ては相当でないので却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朴木俊彦 裁判官 近藤壽邦 裁判官 大島淳司)

(別紙一) 認容額一覧表

〈省略〉

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